富山大学附属病院 消化器・腫瘍・総合外科(第二外科)

医局員の声・女性医師・大学院
学生・研修医の皆さんへ

医局員の声

医局員の声・女性医師・大学院
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  • 育休・ライフイベント
  • 外から見た
    第二外科
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外科医 8年目
木村 七菜
KIMURA NANA
医者8年目の木村七菜と申します。消化器外科の中でも肝胆膵外科を専門としており、現在は肝胆膵高度技能医を目指して修練中です。
私はもともと消化器外科を目指していた訳ではなく、学生の時の志望科は、女だしそんなに体力も無いからなんとなく内科かなと思っていました。手を動かすのは好きだから循環器内科か消化器内科?でもどれも実習を回ってもなんだかしっくりこないな、でも専門を決めるのってみんな妥協するもんなのかな?と感じていました。
そんな中、学生実習の最後に消化器外科を回って、膵臓の手術に参加させてもらいました。そこで「なんて外科って面白いんだろう、こんな手術を自分でもやってみたい!私がやりたいのはこれだ!!」と思ったことを今でも覚えています。それまでにも他の外科系診療科の実習は参加していましたが、第二外科の先生達は真剣に手術をしているけれど本当に楽しそうで雰囲気もとても良く、「あれ?手術って面白いものなんだ!」と目から鱗が落ちた瞬間でした。そのまま「私入局します!」と手術室で教授に宣言し、今に至ります。あれから9年経った今でも、手術は毎回自分の技術のステップアップを実感できて楽しいなと感じます。また、病気を自分の手で治して患者さんが元気に退院していくのを見る喜びはやはり何にも代え難く、消化器外科を選んで本当に良かったなと日々感じています。
さて、ここを読んでいる皆さんは、楽しいと言っても外科って休めないんじゃないの?毎日夜まで仕事してキツいんじゃないの?と心配な方もいらっしゃると思います。手術は朝から晩までやり続けることは当科ではNGになっていて、午前午後、さらに夜も交代して皆で手術を完遂するので体力に自信が無い方でも大丈夫です。私の同期は6人中5人が女性で、先輩や後輩にも女性が多いですが、男性よりもしんどそうだなと思うことは特にありません。平日や土日の休みもありますし、趣味や家庭を大事に出来る時間が性別に関係なく確保されています。
新時代の消化器外科のスタイルを是非一度見学にいらしてください!
外科医 8年目
櫻井 太郎
SAKURAI TARO
富山生まれ、富山育ちの私が外科の道を選んだのは、初期研修のたすきがけ研修がきっかけでした。消化器外科をローテートした際に、全身を診ながら患者さんの病気に向き合えるダイナミックさに「これだ」とびびっときて、迷わず入局を決めました。
入局後は消化器外科を中心に幅広く修練を積んでいます。外科医1年目から執刀の機会をいただけたことは大きな自信につながりました。2〜3年目には教授と相談のうえ、大阪・神奈川の関連病院へ。外の世界で多くの症例・多くの先生方に揉まれた経験は、今の自分の土台になっています。キャリアの方向性についても丁寧に話し合える環境があるのは、この医局の大きな魅力のひとつだと感じています。
大学病院ならではの魅力は、やはり症例の密度と深さです。難易度の高い症例でも、一例一例じっくり悩みながら、上級医にサポートしてもらいながら取り組める環境は、ここにしかないと感じています。コモンな外科手術も関連施設での手術支援でしっかり経験できるため、「大学病院だから基本手術が少ない」という心配は無用です。また、消化器外科専門医取得に向けた論文作成へのサポートも充実しており、専門医資格を見据えたキャリア形成を着実に進めることができます。
外科に少しでも興味のある方は、ぜひ一度見学にいらしてください。あなたの「びびっとくる」瞬間が、ここにあるかもしれません。
八木 健太
YAGI KENTA
皆様はじめまして。富山大学 消化器・腫瘍・総合外科、八木健太と申します。当教室のHPをご覧いただき、誠にありがとうございます。ここでは、私のやや特殊?な経歴・経験(特に育休)についてお話しさせて頂きます。
私は神奈川県出身で、2017年(平成29年)に順天堂大学を卒業致しました。その後初期研修から2023年3月までの6年間、茨城県の病院に勤務していました。幸いにも手術件数はそれなりに多い病院でしたので、楽しい外科人生を送っていましたが、ふと「このまま惰性で過ごしてよいのだろうか」という気持ちになり、理想の肝胆膵外科医像を追い求め様々な病院を見学した結果、ご縁があり当教室へ入局させて頂くことになりました。
当教室の数えきれない魅力については、HP内にたくさん掲載していますので、そちらを併せてご覧頂ければ幸いです。ここでは僭越ながら私の育休についてお話しさせて頂きます。
富山県に引っ越した段階で、『妻は妊娠7ヶ月、長女は1歳3ヶ月の赤ん坊、実家は夫婦共々関東、もちろん親戚・知り合いなし』、という今思えば相当に無謀な状況でした。この状況をどう乗り越えるか、考えなしに関東を飛び出たので、新しい職場でソワソワとしていました。そんな時に、藤井教授より「当然育休を取得しなさい。これは命令です。期間も一ヶ月とは言わず家庭と相談して自由に決めるように。」という尊い御言葉を頂きました。男性医師、ましてや外科医が育休取得できるとは夢にも思っていなかったので、驚きと安堵の気持ちに包まれたことを覚えています。そして次女誕生後、堂々と育休一ヶ月+時短勤務二ヶ月間を取得させて頂くことができました。その間、嫌な顔一つせず私の業務体系を受け入れて下さった先生方には大変感謝をしております。育休期間中は大変なこともありましたが、妻と二人三脚で育児に奔走し、今では姉妹揃って比較的パパに懐いております(たぶん)。愛する娘2人とイチャイチャできた時間はかけがえのないもので、現在まで外科医として働く上で非常に大きな活力となっています。また業務縮小となるにあたり、やはりお金の心配もしていましたが、こちらも抜かりなく、オーダーメイドな外勤調整をして頂き給料の担保も叶いました。
これからも、オーダーメイドな働き方が可能な当教室で、良い父親、良い肝胆膵外科医を目指していきたいと思います。
伊藤 綾香
ITOH AYAKA
私は医師3年目に第1子を出産しました。出産後は産後休暇2か月に続いて、育児休業(育休)を取得し産後11か月から臨床に復帰しました。“育休を何か月取得するか”について出産前に藤井教授と相談した際、教授からは「何か月でも好きなだけ取りなさい」と言っていただきましたが、私の心の中は様々な迷いがありました。“長く休むと復帰した時困るのではないか。せっかく出来ることが増えてきたところなのに。同期から遅れるのでは。でも子どもとの時間も大切にしたい。”などなど。悩んだ結果、休業期間(臨床から離れる期間)は約1年にさせてもらいました。
実際、育休明けで復帰したばかりの1〜2週間は臨床のことを思い出しながら手探り状態での勤務となりました。久々の手術や糸結びにドキドキしました。周囲の先生方は「待ってたよ」とか「また一緒に働けて嬉しい」と声をかけてくれたり、わからないことを聞いても嫌な顔をせず普段通り教えてくれたりと、とても良い雰囲気で迎えてくれました。居心地の悪さがなく、自分のペースで臨床の感覚をすぐに取り戻すことができました。お陰で体調を崩すこともなく働き続けることができ、フルタイム勤務をしながら子どもの保育園迎えにも間に合うような働き方で今までやって来られました。育休後の完全な臨床復帰やこのような働き方は、この医局にいなければ実現できなかったかもしれません。現在は医師7年目になりました。4年前の当時、臨床から離れることについての不安は考えるとキリがありませんでした。しかし不安は的中せず、感じたのは、育休期間に関わらず復帰後に働き続けられる環境があれば外科医として必ず成長し続けられるということです。そして、長い医師人生の中のうち育休期間の1、2年はほんの一部に過ぎないので、ライフイベントや子どもとの時間を優先していて良かったなと個人的には思っています。
実は現在私は第2子の産休中で、今回も育休取得を予定しています。前回と同じく復帰後の働き方に不安が無い状態で育休を好きなだけ取得できるという、とても恵まれた環境です。その環境に感謝しながら今は育児に専念し、復帰後は自分にできる仕事を精一杯して恩返しをしたいと思っています。
砂川 旺広
SUNAKAWA AKIHIRO
ホームページをご覧になられている皆様、初めまして!
令和8年度で医師4年目になる砂川旺広(すなかわあきひろ)と申します。
私は沖縄県宮古島市出身で、中学校卒業まで宮古島で育ちました。その後親元を離れ奈良県の高校で3年間を過ごし、琉球大学医学部に入学いたしました。子供の頃に「医龍」というドラマを見て外科医に憧れ、医学部に入る前から将来は外科に進みたいと考えていました。初期臨床研修先は、外科がある程度強く研修医は少人数で何でもやらせてもらえる環境、かつ雪が積もる場所(雪国で暮らすことへの憧れがありました)を基準に探し、岐阜県高山市の病院で研修を行いました。外科ローテ中に急性虫垂炎や胆嚢結石症等を執刀させていただく機会があり、ますます外科医になりたいという気持ちが強まりました。
初期研修医1年目の12月頃、研修先で藤井教授の講演を拝聴する機会があり、富山大学第二外科の働き方改革やEarly Exposureなどの取り組みについて知りました。そこで興味を持ち見学に伺ったところ、若手の先生方が生き生きと働いている姿を見て、その場で入局を決めました。富山県は知り合いもおらず全く縁のない土地で不安もありましたが、医局員の先生方は優しく熱心に指導してくださり、休みについても配慮していただけるので、適度に休みを取りながら充実した日々を過ごすことができました。
4年目は外部病院での勤務になりますが、大学で学んだことを大切にして、さらなる研鑽を積んでいきたいと思います。
古原 由理亜
FURUHARA YURIA
私は京都府出身で、富山大学医学部を卒業しました。大学卒業後は京都で働くつもりで、京都の病院で初期研修を行いました。実は研修医になるまで志望診療科は決まっていなかったのですが、「外科だけは無理だろう」と思っていました。というのも、いわゆるメジャー外科には「とても大変そう」「体力が必要そう」「男性ばかりの職場なのではないか」といったイメージを持っていたからです。文化部出身でインドアな自分には向いていないのではないかと感じていました。
しかし初期研修でさまざまな診療科を回る中で、外科をローテーションした際に初めて「楽しい」と感じました。手術という手技があり、自分の手で患者さんの病気を治しているという実感が得られること、また手技を練習し上達していく過程そのものの面白さに魅力を感じました。さらに、入院していた患者さんが手術によって症状が改善し、元気に退院していく様子を間近で見ることができたことも大きな印象でした。
ただ、体力に自信がなかったことや女性であること、医局の雰囲気に馴染めるのかという不安もあり、外科はやはり自分には難しいのではないかと迷っていました。そんな中で思い出したのが、母校である富山大学の外科でした。富山大学第二外科では先進的な働き方改革が進められており、女性医師も多く活躍していることを以前から耳にしていたため、一度見学に行ってみようと訪ねたことが、現在の進路につながっています。
実際に入局してみると、手術は交代制で長時間入り続けることはなく、オンコール制のため夜間・休日にはしっかり休むことができます。また医局員の先生方は皆優しく話しやすく、気軽に相談できる雰囲気があります。県外出身の女性医師や子育て中の女性医師も多く、それぞれのライフスタイルに合わせて働いている姿を見ると、大きな安心感があります。
「県外出身だから不安」「体力に自信がない」「医局の雰囲気が合うか心配」「女性だから外科は難しいのではないか」と迷っている方もいるかもしれません。もし少しでも興味があれば、ぜひ一度見学に来て、富山大学第二外科の働き方や雰囲気を知っていただければと思います。